茜色のこと ――夏に、赤を選ぶという話

梅雨が明けました。

明けたと思ったら、そのまま容赦がない。

朝、シャッターを上げると外の空気がもう熱を持っていて、アスファルトの匂いが立っています。

七月の終わり。

店の床に広げた赤いギャッベを、お客さまがしゃがんで撫でる。

毛足に指が沈んで、離すと、ゆっくり戻る。

「きれいねえ」

そう言ってから、手を離す。

「でも、夏に赤色は暑いわねえ」

この「でも」を、僕はもう何十回も聞きました。

赤は暑い。夏に選ぶ色ではない。

たしかに、そういう気がします。

僕自身、そう思って生きてきました。

でも、その「気がする」はどこから来たんだろう。

そう思って、ちょこっと調べてみて、困ってしまったのです。

根拠が、見つからない。

■ 赤は、いちばん弱い光だった

まず物理の話から。

赤は、目に見える光のなかで、いちばんエネルギーの低い光でした。

NASAの解説に書いてあります。光の粒ひとつが持つエネルギーは、波長に反比例する。だから波長の短い紫がいちばん高くて、波長の長い赤がいちばん低い。

「赤はエネルギーが強い色だから元気が出る」

よく聞く言い方です。僕も店で口にしたことがあるかもしれません。

物理としては、逆でした。

ただし、ここは丁寧に分けておきたいところがあります。

「赤い光は弱い」という意味ではないのです。

光の粒ひとつあたりのエネルギーが低い、という話であって、赤い光を強く当てれば、出力はいくらでも大きくできる。

それに、明るく見えるかどうかは、また別の話です。人間の目の感度は、明るいところでは波長555ナノメートルあたりが山になっていて、これは黄緑のあたり。赤でも紫でもありません。

さらに「気持ちが高ぶるかどうか」は、もっと別の話です。

物理と、光源の強さと、見え方と、心の動き。

この四つは、全部ちがう話でした。

僕はこれを、ずっと一緒くたにしていたと思います。

■ 暗くなると、赤がいちばん先に沈む

生理のほうも面白いのです。

暗くなってくると、人の目は感度のピークを短い波長のほうへずらします。プルキンエ現象、という名前がついています。

明るいところでの山は555ナノメートル。ところが暗いところでは、桿体という細胞が主役になって、山が507ナノメートルまで動く。

その結果、どうなるか。

暗がりでは、赤がいちばん先に沈んで、暗く見える。

夕暮れの庭で、赤い花だけが先に見えなくなって、白い花がいつまでも浮いている。あれです。

だから天文台の足元灯や、飛行機のコックピットの計器灯は赤なのだそうです。赤い光の下なら、目は暗さに慣れたままでいられるから。

つまり赤は、目を覚まさせる色ではなく、

目を休ませたまま、隣に置いておける色だった。

これは、店で毎日見ていることでもあります。

夕方、灯りをひとつずつ落としていくと、昼のあいだいちばん強く見えていた赤が、いちばん静かに沈んでいく。

僕はそれを、ただ「暗くなったな」と思って見ていました。

目のなかで起きていたことに、名前があったとは知らなかった。

■ 赤の心理効果は、思ったより弱い

ここからは、少し歯切れが悪くなります。

赤には心理的な効果がある、という話がたくさんあります。僕もいくつも聞いてきました。調べてみると、どうも様子がちがうのです。

赤いお皿から食べると、人は間食の量が減る。これは実験で確かめられていて、追試でも再現しています。ただし、なぜそうなるのかは分かっていません。

赤い部屋にいると血圧が上がる。これは、二十分ほど色のついた光を当てた実験で、脈拍は上がったものの、血圧の差は統計的に有意ではありませんでした。

赤い服を着たチームは勝ちやすい。格闘技のメタ分析では、赤の勝率は50.5パーセント。有意ではありません。しかも、どちらも赤を着ていない競技でも似た偏りが出ることが指摘されている。

赤を見ると知能テストの成績が落ちる。これは有名な研究があるのですが、38の標本を集め直したメタ分析では、出版バイアスを補正すると「証拠価値なし」という結論になりました。

赤い服は異性から魅力的に見える。効果量は小さく、大規模な追試ではむしろ「差がない」という側を支持する結果が出ています。

赤は時間を長く感じさせる。これは17の研究をまとめて、効果量0.24。小さい、という部類です。

つまり、こういうことです。

赤の心理効果は、あるかもしれないけれど、思っているよりずっと小さい。そして文脈によって、簡単にひっくり返る。

この分野を長く牽引してきた研究者自身が、こう書いています。同じ青でも、リボンについていれば一位の色で、肉についていれば腐敗の色になる。赤いシャツは恋愛の場面では魅力を上げうるが、能力を評価される場面では上げない。

色の意味は、色のなかにはない。

その色が、どこに、何と一緒に置かれているか。そこにあるのだ、と。

これは家具屋にとって、けっこう重い話でした。

僕らは「赤は元気が出ます」と言いたくなる商売をしています。でも本当のところ、色は単独では何もしない。

赤い一枚が置かれた部屋、その部屋で過ごす時間、そこにいる人。

効いているのは、そっちなのでしょう。

■ では、赤の力はどこから来るのか

物理でもない。生理でもない。心理も弱い。

それなら、なぜ僕らは赤に力を感じるのか。

答えは、時間の厚みにあるのだと思います。

南アフリカのブロンボス洞窟で、十万年前の「赤い顔料の工房」が見つかっています。赤土を液状に調合して、アワビの貝殻ふたつに貯蔵していた。石皿と敲石まで揃った、正真正銘の道具一式です。

十万年前です。

人類は十万年前から、赤を「つくって、とっておく」ということをしていた。

日本列島でも同じでした。旧石器・縄文の時代から、ベンガラ(酸化鉄)や辰砂(硫化水銀)を土器や木製品に塗り、人を埋葬するときに上から振りかけている。徳島市の鶴島山2号墳からは、辰砂で顔面が朱に染まった人骨が出ています。奈良県の大和天神山古墳の石室には、41キロもの辰砂が使われていました。

41キロ。

どれだけの手間だったろうと思います。

古代の人にとって、赤は死者の魂を鎮め、再生を願う色だったとみられている。『魏志倭人伝』には、倭人が体を赤く塗っていたことが書かれています。

赤飯もそうです。赤に厄除けの力があると信じられていたからとも、古代の米が赤米だった名残とも言われる。諸説あって決まっていません。鎌倉末期の記録には、宮中で節句の御膳に赤飯を供す恒例が書かれていて、民間に広まったのは近世のことでした。

井伊の赤備えは天正十年、1582年からです。大将から足軽まで、甲冑も旗指物も朱色で統一した。

赤は、ずっと特別だった。

物理的に強い色だからではなく、十万年ぶんの意味が積み上がっているから、強く感じる。

そういうことなのだと思います。

■ ローナス、あるいは西洋茜

さて、ようやくギャッベの話です。

ギャッベの赤を古くから代表してきた染料を、ペルシア語でروناس(ルーナース)と言います。日本の絨毯業界では「ローナス」とカタカナで呼ばれています。

植物としてはRubia tinctorum。和名は「西洋茜」です。

ここで、ひとつ訂正しておきたいことがあります。

「西洋」と名前についているので、僕はずっとヨーロッパの植物だと思っていました。

ちがいました。

キュー植物園のデータベースを見ると、この種の自生地には、イラン、イラク、トルコ、コーカサス、中央アジアが並んでいます。南東ヨーロッパから西ヒマラヤ、新疆まで。

つまり西洋茜は、イランに元から生えている植物なのです。フランスなどヨーロッパ西部には、あとから持ち込まれた。

名前のほうが、あとから付いた。

イランの工房には、こういう容器が並んでいました。

エスパラク(ウェルド、黄)。クルクマ・ロンガ(ターメリック、黄)。プニカ・グラナタム(ザクロの皮)。そしてルビア・ティンクトルム、ローナス。

ラベルに学名とペルシア語の名前が併記してある。

写真を撮ったときは、正直「へえ」くらいの気持ちでした。いま見返すと、あの一枚に、この記事で書きたいことが全部写っていた気がします。

■ 沸騰させない赤

染めの工程についても、思い込みがありました。

「根を粉にして、ぐつぐつ煮出す」

そう説明されることが多いし、僕もそう言ってきました。

ところが、イランの伝統的な染め方を実験で再現した研究を読むと、沸騰させないのです。

45度から始めて、30分かけて85度まで上げる。合計1時間。

煮立てない。

しかも、そこに酸っぱい乳製品を落とす。カレクルートと呼ばれる、pH4ほどの黒いカシュクです。水のpHが6.43だったものが、これを5パーセント加えると4.03まで下がり、茜の粉を入れると5.58に落ち着く。

この一手間で、色が変わります。

ミョウバンだけで媒染すると、赤橙になる。カレクルートを併せると、朱色に寄って、彩度が上がり、黄味が減る。504時間の劣化試験のあとの耐光性も良かった、と報告されています。

ただし、これは単一の研究による、限られた条件での結果です。特定の羊毛、特定の濃度、特定の温度。独立した追試を僕は確認できていません。「イランの茜染めは必ずこうなる」と言うことはできない。

それでも、この数字を読んだときは唸りました。

酸っぱい乳製品を染液に落とす。

たぶん誰も、化学の言葉でそれを考えたわけではないでしょう。やってみたら良かったから、そうしてきた。それが何世代も続いて、いまpHという言葉で説明できるようになった。

順番が、逆なのです。

理屈が先にあって技術ができたのではなく、技術が先にあって、あとから理屈が追いついた。

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■ なぜ、赤にこんなに幅があるのか

店に並ぶ赤いギャッベを見ていると、ひとつとして同じ赤がありません。

橙に寄った赤。朱。茜色。深紅。臙脂。赤茶。

なぜこんなに幅が出るのか。調べてみると、理由がいくつも重なっていました。

媒染剤で変わる。ミョウバンだけなら赤橙、酸っぱい乳製品を足せば朱。

pHで変わる。4から5のあたりでいちばん色が深くなる。

浴比で変わる。羊毛と染液の比が1対30のとき、いちばん濃い赤になったと報告されています。

タンニンを加えると暗くなる。

根の樹齢で変わる。三年物と四年物では違う。

産地で変わる。イランの研究者は、ヤズド、ケルマーン、バフク、ナーイーン、アルダカーンといった産地の茜を比べています。

水質で変わる。これは民話ではなく、記録された技術的事実です。

羊毛の質と、残っている脂で変わる。ファールス州の羊毛は「柔らかく、光沢があり、染料をよく吸収する」と評価されている。精練のときに脂を完全に取り去らないよう注意する、という記述もあります。あの独特の光沢は、洗いすぎないことから来ているらしい。

そして、染めるロットで変わる。

小さな鍋ごとに染めるので、糸が尽きて次のロットに移ると、色調が少しずれる。織り進めた面のなかに、帯のような色の変化があらわれる。これをアブラッシュと呼びます。

工業製品なら、不良品です。

ギャッベでは、これがいちばん見どころだったりする。

■ 日本の茜は、なぜ色がちがうのか

日本にも茜があります。

『古事記』にすでに「あかね」が出てきて、日本最古の赤色染料とされています。養老律令の賦役令にも、茜、黄連、黄蘗、橡といった植物染料が並ぶ。奈良・平安のころ、あかね色は「そひ」と呼ばれていました。

日本の茜染めの工程を読むと、イランとはずいぶんちがいます。

根は二、三年寝かせる。洗って、浸して、煮る。

媒染に使うのは、灰汁です。

アルカリ性。

イランはミョウバンと酸っぱい乳製品ですから、酸性側。

正反対と言いたくなりますが、そう単純化してはいけないのだそうです。繊維がちがう。植物の種がちがう。樹齢も産地も、媒染剤の濃度も、pHも温度も浴比も、染め重ねの回数もちがう。

その染め重ねが、また驚きます。

日本の茜染めで濃い色を出すには、二十回から三十回、繰り返し染める。

三十回。

一回ごとに乾かし、また浸す。それを三十回。

同じ植物の根から、片方は45度から85度の一時間で朱を出し、片方は三十回の繰り返しで深い赤を出す。

どちらが正しいという話ではないのだと思います。手元にある水と、灰と、石と、羊毛と絹。それぞれの土地が持っていたもので、それぞれのやり方が育った。

ちなみに、紅花は日本では赤の染料ですが、ペルシャでは黄色の染料として挙げられています。

同じ植物で、用途がちがう。

こういうところが、面白い。

もうひとつ、ついでに直しておきたいことがあります。

「あかねさす」という言葉。

万葉集の額田王の歌、「あかねさす紫野行き標野行き」です。茜が詠まれた歌だと思われがちですが、「あかねさす」は「紫」にかかる枕詞でした。紫野は、染料植物のムラサキを育てる野のこと。

茜の歌では、ないのです。

僕も長いこと、勘違いしていました。

■ 誰が織っているのか

ギャッベはもともと、売り物ではありませんでした。

گبه(ギャッベ)という言葉自体が「生の、未加工の、粗い」という意味です。毛足が1センチ以上ある、目の粗い織り。家族が自分たちで使うために織っていたものでした。

ファールス州の絨毯織りは、2010年にユネスコの無形文化遺産に登録されています。その記載によれば、春と秋に羊の毛を刈り、水平の機を組み立てるのが男性の仕事。紡ぎ、意匠を決め、配色を選び、織るのが女性の仕事。

そして、図案は使いません。

下絵なしで織る。

僕らは松葉屋の記事で「カシュガイ族の織り子が織る」と書いてきましたが、これは正確には足りませんでした。ギャッベはカシュガイだけのものではなく、クルド、ルリを含むザグロス山脈の複数の集団に広まった織物です。ハムセ、アフシャールも織る。意匠は部族のあいだを移動した、という指摘もあります。

「カシュガイ族が織る」は正しい。

「カシュガイ族だけが織る」は、ちがう。

一語の差ですが、直しておきたいと思いました。

■ 文様の意味について、慎重に書きたいこと

ギャッベの文様には、よく意味が説明されます。

生命の樹は天国への階段。ジグザグは水の流れ。獅子は王の象徴。

僕もお客さまに、そういう説明をしてきました。

ただ、イランの研究者が書いているものを読んで、少し立ち止まりました。

カシュガイの文様は、隠された象徴的な意味を探るために研究するものではない――そう明言している論文があるのです。象徴の解読を試みることは、織り手が実演している動的な語りの過程を照らすどころか、かえって覆い隠してしまう、と。

同じ論文は、移動経路沿いの柱や壁に刻まれた文様が、織り手たちの生活経験を反映していることを指摘しています。

文様は、固定した記号の体系ではなく、生活からの即興なのだ、と。

別の研究は、そもそも「ギャッベの文様の分類はほぼ不可能」だとしています。緩やかな群として「四季」「木」「獅子」くらいしか立てられない。ギャッベに特有のジグザグ文についても、「海と水の波」という解釈と「虎の毛皮」という解釈の両方が併記されていて、決着していません。

一方で、博物館の展示解説では、櫛は清浄、鉤十字は繁栄、といった意味づけが添えられることもあります。

つまり、解釈は資料によってちがう。

だから僕は、これからこう言おうと思っています。

「こう解釈されることが多いです」

「織り手が旅の途中で見たものが入っていると考えられています」

「イランの研究者は、意味の解読よりも、織り手の即興の語りのほうを大事にしています」

断定しないほうが、話は貧しくなるどころか、むしろ豊かになる気がしています。

■ 正直に書いておきたいこと

ここは、書かないでおくこともできる話です。

でも書いておきます。

「ギャッベはすべて天然染料です」

これを、僕は言い切ることができません。

20世紀のイラン絨毯7枚から採った赤い毛糸18点を分析した保存科学の研究があります。その18点のうち14点から、合成染料が検出されました。

これはギャッベに限った調査ではありませんし、いま売られているものの割合を示すものでもありません。それでも「天然染料と呼ばれてきたものにも、合成が混ざっていた実例がある」ということです。

藍についても、日本のギャッベ専門商社自身が、合成インディゴを使っていると公に書いています。

歴史を追うと、無理もない話でもあるのです。

1856年、18歳のパーキンがモーブを偶然合成しました。世界初の商業的な合成染料です。1868年から69年にかけて、グレーベとリーバーマンがコールタール由来のアントラセンから合成アリザリンをつくった。アリザリンは、茜の主色素そのものです。

1870年代、合成染料の流入で、イランとコーカサスの茜市場はほぼ壊滅しました。20世紀半ばには、茜は希少で高価なものになり、赤の多くはアニリン系に置き換わっていきます。

面白いのは、そのあとの話です。

品質が落ちたことにガージャール朝政府は危機感を持ち、勅令を出し、税関で検査をしました。

効きませんでした。商人はしばしば従わなかった。

では何が効いたのか。

職業訓練校をつくり、外国人の専門家を招き、応用化学を教えること。つまり「合成染料を、ちゃんと使えるように教育する」ことだったのです。

歴史は「天然への回帰」では解決しなかった。

この事実は、僕には少し苦い。でも、目を逸らしたくない事実でもあります。

もうひとつ。

「天然だから安全」という言い方も、僕はもうしないことにしました。

日本では、食品添加物としての「アカネ色素」――まさにRubia tinctorumの根の抽出物です――が、ラットの腎臓に対する遺伝毒性と発がん性を理由に、一日摂取許容量を設定できないと評価され、既存添加物名簿から削除されています。

繊維を染めることと、口から摂ることは、リスクの文脈がまったくちがいます。ギャッベが危ないという話では、まったくありません。

ただ「天然イコール無条件に安全」という言い方は、していいことではないな、と思ったのです。

だから僕は、こう言いたい。

「天然だから良い」ではなく、「この一枚が、どう染められたか」。

そちらのほうを、お話ししたい。

■ 北斎は、夏の赤を描いていた

ここまで書いてきて、思い出したことがあります。

北斎の「赤富士」。

正式な題は《凱風快晴》といいます。冨嶽三十六景のうちの一枚で、天保元年から三年、1830年から32年ごろの作。

凱風とは、南風のことです。

夏から秋の晴れた早朝、富士が山肌全体を赤く染めて輝くことがある。あの絵は、その現象を描いたものでした。

つまり、あれは夏の絵です。

日本人がいちばんよく知っている赤い風景が、夏の朝だった。

しかも、めでたい絵という以前に、実在する光学現象の記録でもある。山梨県立博物館の解説によれば、もともと赤みを帯びた富士の山肌が、朝日を受けて赤く輝く現象なのだそうです。江戸時代の文人のあいだでは、冬の朝日に紅く輝く富士を「紅玉芙蓉」と呼んで話題にしていた、とも。

赤い富士は、夏にも冬にも立っていた。

■ それで、赤は涼しいのか

正直に書きます。

「赤は涼しいですよ」とまでは、さすがに言えません。

そんな研究は、見つかりませんでした。

ただ、ここまで調べてみて、こうも思うのです。

「赤は暑い」という根拠も、結局どこにも見つからなかった。

光の粒としては、可視光でいちばん弱い。

暗がりでは、いちばん先に沈む。

心理効果は、あっても小さく、文脈で簡単にひっくり返る。

血圧は上がらない。

染め場でも、煮立てない。45度から85度まで、一時間かけて、静かに出す色でした。

そして北斎は、夏の朝の赤を描いた。

「赤は暑い」というあの感じは、どこから来たんだろう。

たぶん、火と、血と、太陽なのだと思います。十万年ぶんの意味の積み重なりが、そちらへ引っぱっている。

意味が濃いということと、暑いということは、別のはずなのに。

夕方の店で、灯りをひとつずつ落としていくと、

昼のあいだいちばん強く見えていた赤が、いちばん静かに沈んでいきます。

十万年前、貝殻に赤を溜めた人がいた。

45度から85度まで、一時間かけて色を出す人がいる。

灰汁で三十回染め重ねた人がいた。

その先に、いま僕の店の床に、一枚の赤が置かれている。

指を沈めると、ゆっくり戻ってくる。

あれ。

涼しいのは、こっちだったのかな。

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【参考にした主な資料】

Encyclopaedia Iranica「Carpets ii」/Kew Plants of the World Online(Rubia tinctorum)/Heritage Science 2019(20世紀イラン絨毯の赤色染料分析とイラン伝統染色法の再現)/Getty「The Matter of Madder in the Ancient World」/UNESCO無形文化遺産「ファールス州の伝統的絨毯織り技術」/NASA GSFC・NASA PACE(光のエネルギーと波長)/Kraft, Neitz & Neitz 1998(L錐体の感度)/Elliot 2015(色の心理研究レビュー)/Gnambs 2020(赤と認知課題のメタ分析)/Scientific Reports 2024(スポーツにおける赤のメタ分析)/Current Psychology 2024(赤と時間知覚のメタ分析)/Henshilwood et al. 2011, Science(ブロンボス洞窟)/徳島県立博物館・堺市博物館(日本の赤色顔料)/JAANUS(あかね色)/三省堂(あかねさす)/彦根城博物館(井伊の赤備え)/文化遺産オンライン・山梨県立博物館(凱風快晴)/食品安全委員会(アカネ色素の評価書)/Journal of Modern Craft 2025(ガージャール朝の染料政策)/ARIS「IRAN GABBEH CARPETS」/ialcsa「Improvised-Textiling in Qashqai Rugs」/Georgia Museum of Art「Beyond Utility」

※本文中の数値と主張は、上記の資料に基づいています。単一の研究による限定的な結果には、その旨を本文中に明記しました。

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