「本棚を担いで山登りをし、山頂で本屋をしている木こりがいる」という話しを聞いた。
それはいったいぜんたい、どういうこと?
3年前に偶然知り合ったその人は『杣BOOKS』の細井岳さん。「登山家」「木こり」「山頂本屋」とひとつの肩書きにまとめきれない、本と山に関することならぜんぶやる少年のような人。
上田市の太郎山で山頂本屋を開いた細井さんに会いに行ったのは、ある晴れた日のことでした。
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山頂に本屋があると、知らない人同士が一冊の本を通じて繋がる面白さ
善五郎 山頂でコーヒーならまだしも本棚を背負っていくなんて。なぜこういうことをはじめたの?
岳さん 普段は林業をやっていて、休憩時間に森の中で昼寝をしたり本を読んだりする、その気持ち良さを体感していたんです。以前は上高地でガイドをしていて、山頂でコーヒーを淹れてたりしていたんです。そしたら登山客に「一杯300円で売ってほしい」と言われるようになって、商売にしようということではなく「これは何かあるな」と自分の中で引っかかるものがあったんです。
善五郎 とはいえ本棚を背負って登山をしようと思うには、本に何か可能性を感じていたとか?
岳さん コーヒーは軽さを追求できるけど、本は物理的に無理じゃないですか。かなり馬鹿馬鹿しいんですけど、だからこそ遊びごころでやってみたくなったんです(笑)。多くの人にとって登山は山頂のシンボルにタッチして終わりだと思うんです。だけど山頂に本屋があるだけで、繋がるはずのなかった人同士が一冊の本を通じて繋がる。そんなようなことが何回かあって、これはきっとお金では得られない価値があるんじゃないかなと思うようになりました。それが気持ちよくて、楽しかったんです。
木を伐っているときにこそ、思いつく。山に入ると“考えさせる”環境がある
善五郎 岳さんが選ぶ本には自分が知らなかった何かがあって。わざわざ下山の荷物を重たくしなくてもいいのにどうしても欲しくなって、つい買ってしまうよね。一方で岳さんは軽くなる。僕はこの活動のキーワードは「矛盾」だと思っていて。人間の知恵の結晶である本をわざわざ山に持って行くって、人工的なものと自然の相反するものを同時に手にしている「矛盾」した状態で、僕はそういう状態がけっこう好きで、思考がのびやかになるんです。自然の中で本を読んでいると、けっこうノイズに溢れているじゃないですか。虫の羽音や鳥の声、日差しだったり、風だったり。だから、家の中の均一な空間で読むのとは本から得る情報が変わってくると思うんです。
岳さん あえて真逆の環境で本を読む価値とか意味はありそうな気がします。それは林業をやっていてもそうで、木を伐っているときにこそ思いつくことが多いんです。必死になって木を伐って、整理したり、枝払ったりしてるリズムの中でハッと思うんです。そういう風に人に考えさせる環境が山にはあるのかな。
善五郎 山や森の中で本を読む。何かそういうことを続けてきた岳さんの経験的に感じてきた気持ちよさって、それだけでひとつの宇宙というか。それが『杣BOOKS』ってこと?
岳さん そうなんです。たしか2000年代に入ってから「丁寧な暮らし」という言葉がよく出てくるようになったじゃないですか。でも上っ面の消費で終わっちゃう気がしていて、それでいいのかな? って思うところがあったんです。そもそも「丁寧な暮らし」は自分で楽しみを見つけて、自分なりに工夫して楽しめばそれだけでいいんじゃないかと。そのひとつとして、馬鹿馬鹿しいかもしれないですけど、この遊びを開く中で何かやってみたいと思う人が一緒にいてくれたらいいなって。それがいいんですよ、きっと。
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細井岳さん
東京都出身。現在の拠点は長野県上田市。 上高地のネイチャーガイドなどを経て、本棚を担いで登山して、山頂で開く書店『杣BOOKS』をスタート。 山頂で会えたらラッキー。ときおり平地でも出店しています。
※この記事は「松葉屋通信43号」に掲載したものを再編集して紹介しています