先日、こんな記事を読みました
佐久の大コスモス園
三十万株が、ほぼ全滅
「鹿に食べられた」
標高千二百メートル
三ヘクタールの畑
毎年五千人が、見に行っていた場所
それで思い出したのが
十四年前に自分が書いた文章
「長野の鹿」── 2012年12月に書いたこと
題は「松葉屋の描く家具製作のあるべき形」
書き出しは、こう
「ハナクソみたいに ちいさい家具屋だからできることをはじめます。」
木も、鹿の皮も、羊の皮も
羊の毛も、荏胡麻の油も
ぜんぶ地元で出るもので、家具をつくる
その計画のなかに
「長野の鹿」という項がある
2012年12月
僕はこう書いていました
「森林や農作物に深刻な食害をあたえている鹿たち
今年長野県だけで4万頭の捕獲を目標にしています」「捕獲された鹿たちのごく一部
5%程度は食肉に利用されますが
残りのほとんどが焼却か山野に放置されるのが現状
食肉処理の際、皮を剥がしますが、皮は処分されている」
十四年たった、いまの数字を調べました
シカの駆除数、全国で約73万頭
ジビエとして利用されるのは、一割以下
残った肉と毛皮、骨の使い道も少ないという現実
ほとんど、変わっていない
変わったのは
圧倒的に頭数が増えたこと
なぜ、使われないのか
そのあと
長野県の「鳥獣対策ジビエ振興室」へ
話を聞きに行ったことがある
県内で捕らえる鹿は、年に三万から四万頭
そのうち、肉になるのは千五百頭ほど
使うための捕獲は
数を減らすための捕獲と、ひと手間もふた手間もちがう
撃ったら、すぐに内臓を抜く
急いで、処理場へ運ぶ
二、三時間かかってしまったら
もう、おいしい肉にはならない
皮を使うなら
なるべく傷をつけずに仕留めて
傷をつけずに剥ぐ
山の中で、それをやる
2026年9月の記事には
一頭から食べられる肉は、体重の三割もない、とあった
南信で猟師と加工をしている方が
こう話してくれたことがある
「人間の勝手な都合で害獣と言われてしまっている動物を、私たち狩猟者は撃ち落とした命に最後まで責任を持って、食べた人がおいしいと言ってもらえるよう加工をしていくんです」
食肉処理場で、足が震えた
あのころ僕は
革をわけてもらえないかと思って
あちこち食肉処理場へ顔を出しました
鹿も、羊も
猪も、熊も
立ち会ってきました

上高井郡高山村の、宮川さんの処理場
2017年7月5日
鹿と、猪と、熊

剥いだばかりの皮を、床に広げたところ
裏は、まだ赤い
あまりに生々しい光景。でも、これが物を作るということ。
「木」も「獣の皮」も、本来生きていたものだから。
たとえば、信州新町の
サフォークとかコリデールの品種
羊の皮は
千五百円を払って、焼いて捨てられていると聞いた
お金を出して、捨てる
2012年の原稿では、その前に
こう書いている
「牧場で藁を喰む羊、かわいい。
でも2歳までに屠殺される運命…」
食肉処理場で体験して
そのとき書いたことを
そのまま写します
「世界がちがう
生き死にが麻痺しているような
はずかしいけど足が震えました」
うまい言葉が、いまも見つからない
鹿革は「レザーのカシミア」
日本でいちばん古くから使われてきた革は
牛ではなく、鹿
「革」といえば鹿革、という時代のほうが
ずっと長かったという
飛鳥時代から、武具に
江戸のころには
巾着、たばこ入れ、火消しの羽織、頭巾
奈良時代の刀の鞘にも
日本でいちばん古い足袋にも
鹿革が残っている
むかしは、馬の脳漿(のうしょう)で鞣したそうです
鹿は
皮膚をつくる繊維が
ほかの動物にくらべて群を抜いて細い
その極細の繊維が束になって
緻密に絡み合っている
だから軽くて、丈夫で、やわらかい
レザーのカシミア、と呼ばれます
うちで椅子の張り替えをしたスタッフは
「下穴を開けなくても、針が通る」と書いていた
野生の鹿の皮には
虫に刺された跡がある
傷もある
厚いところと、薄いところ
一枚ずつ、大きさもちがう
それを組み合わせて、縫ってもらう
縫う職人さんには、苦労をかけている
渋で鞣す ── 飯田のメルセンさん
松葉屋は
地元の猟師さんと組んで
食肉処理場で剥いだ皮をわけてもらい
長野県飯田のメルセンさんで
植物タンニン(渋)で
鞣(なめ)してもらっています

2022年6月17日、メルセンさんの工場
塩をした原皮が、積まれている

大きな木の樽
札には「Liming & Unhairing」
石灰に漬けて、毛を抜く

あの黄色が、渋の色
薬品で早く仕上げる方法もある
でも渋で鞣した革は
使うほどに色が深くなって
手を置くと、体温が返ってくる
まるっきし「木」と、同じだ

鞣しあがった革が、積み上がっている
2012年の原稿には
この流れが、そのまま書いてある
「地元の猟師と提携し、捕獲された鹿を食肉処理場で皮をはぎ、
飯田市のメルセンさんへお届けして、
植物タンニンなめし処理を行う。」
あのときは、夢のような話だった
同じ原稿に、こんな一行もある
「価格だけであれば輸入の革に敵わない。
もっとも10cm四方あたり何円高いっても、ぼくらにはどーでも関係ありません。」
それから
「ただ、電話一本で揃うものでないことはたしか。」
そして最後に、自分に聞いている
「地元の材料で家具をつくることに意味なんてあるか
いいことなら誰もやっていないのはなぜだ?
自分の価値観じゃなくて、お客様にとっての意味や価値はあるのか
誰もそんなことかけらも興味が無いんじゃないか
そんなの、自己満足だ
お客さまは一円でも安いほうがいいに決まってる
そもそも欲しい人がいるんか?
そんなこと小難しく考えることはバカじゃないのか
めんどくさくて、しりつぼみになるんじゃないか
資金的には大丈夫なのそう思ったけど、
できるところからはじめることにしました。」
鹿革のソファと、小椅子と、バブーシュ
松葉屋には今
鹿革で作ったものが、あれこれ並んでいます
ソファ
小椅子
ダイニングチェア
お店で履いていただくスリッパの
バブーシュも

まず、さわってみてほしい
この少ししっとりとした手ざわりが
どこから来たのか

色をつけていない鹿革は
淡い、やさしい桃色
使ううちに、少しずつ濃くなって
艶が出てくる
いただきますのきもち
十四年前のその文章の終わりに
僕はこう書いていました
「命が、ひとの手で違うカタチにうまれかわる」
「家具屋って命を扱う仕事だったんだね」
いま読み返しても
足したい言葉はありません
※出典
滝澤善五郎「松葉屋の描く家具製作のあるべき形」2012年12月
森林被害面積:林野庁ウェブサイト(令和6年度・全国約4千ヘクタール、うちシカが約6割)
駆除数とジビエ利用率:田中淳夫「害獣駆除。年間5万トン以上の死骸の後始末は限界に来ている」Yahoo!ニュース エキスパート 2026年9月9日
※2026年9月23日にお送りしたメールマガジンに、書き足してブログにしました
→ 【松葉屋】鹿革の椅子のこと(2016年)
→ 地産地消の家具製作ってどういうこと?(2018年)
→ 【視点】「保冷庫付き狩猟鳥獣搬出装置の開発着手」のニュースから、動物の命を考える(2023年)
→ 家具の修理・再生 植物で染めた鹿革を使って椅子の張り替えをしました。(2025年)



