トライバルラグの定義と種類、その中でのギャッベの位置づけ:遊牧民の息吹を感じる絨毯の世界

ギャッベを深く知る

僕たちがギャッベに出会って、気づけばもう20年近くの時が流れた。

その間、ギャッベを通じてたくさんの人たちと出会い、ときにはカシュガイの織り子さんたちとも言葉を交わしてきた。手織りの布に込められた物語、そこに宿る温もりに触れるたび、彼女らの暮らしの風景が目に浮かぶ。広大な草原を遊牧する彼女らの手から生まれるいちまいの絨毯が、遠い日本の家庭の床に敷かれる──そんな繋がりを、幾度となく見届けてきた。

これまで2000人近くの方々が、僕たちの選んだギャッベを自分の暮らしに迎えてくれた。そのたびギャッベが家の風景に馴染み、そこで生まれる物語を思ってきた。

そんな日々の中で聞きかじったこと、感じたことを、少しばかりここに綴ってみようと思う。長野県、特に長野市でギャッベを探している方へ、その深い歴史と美しい手仕事についてお伝えする、3回目。

トライバルラグの定義と種類、
その中でのギャッベの位置づけ:遊牧民の息吹を感じる絨毯の世界

はじめに

今回は、トライバルラグ、中でも特に魅力的なギャッベの世界を深掘りしていきたいと思います。その一枚一枚には、彼らの生活、文化、歴史が色濃く反映され、単なる敷物としてだけでなく、生活必需品であり、文化の証でもあるのです。

トライバルラグとは?

トライバルラグは、遊牧民によって織られた手織り絨毯の総称。彼らは、定住することなく、季節ごとに移動しながら羊を育て、その羊毛を使って絨毯を織り続けてきました。トライバルラグには、部族ごとにデザインや技法、素材、色使いがあり、その多様性が大きな魅力となっています。

トライバルラグの共通点

トライバルラグには、部族による個性もありつつ、共通する点もあります。

  • 素材:縦糸、横糸、パイル糸にウールを使用している。これは、遊牧民が綿花を栽培しないので、飼っている羊のウールを使用してきたため。山岳地帯の羊のウールは質がよいとされ、トライバルラグの品質を大きく左右します。
  • デザイン:デザイン画をかくことはなく、織り手のインスピレーションによってデザインが決まります。左右対称ではないし、幾何学的なもの菱形のメダリオンを中心に、部族伝来の文様の連続だったりします。幾何学模様は、曲線的なものより織りやすく、移動生活を送る遊牧民にとって理にかなったものでした。
  • :部族のテリトリーで採取した天然染料を使用することが多く、赤を基調とした暖色系の色が多いです。シャーサバン、トルクメン、カシュガイ、アフシャルなどの絨毯には、深い赤色が使われることが多いです。バクチアリの絨毯では、中間色や寒色も見られます。

トライバルラグの種類

トライバルラグは、パイル織りの絨毯だけでなく、キリム、ソマック、ジャジムなどの綴れ織りもあります。

  • 絨毯(パイル織り):縦糸、横糸、パイル糸の3つで構成され、パイルがあるのが特徴です。**ドザール(約140cm×210cm)**サイズのものが多く、メインラグとよばれます。
  • キリム:縦糸と横糸のみで構成された平織りの一種で、薄く、リバーシブルで使えるのが特徴。
  • ソマック:キリムと同じく平織りですが、縦糸に横糸を巻きつけて模様を作る技法を用います。
  • ジャジム:綾織の一種で、比較的厚みがあり、両面で使用。ウールやコットンで作られ、寝具やベッドカバー、テーブルクロスなどにも使われます。

イランの遊牧民とトライバルラグ

イランは、多くの遊牧民が暮らす国として知られ、トライバルラグの生産も盛んです。代表的にはカシュガイ、シャーサバン、トルクメン、アフシャル、バルーチ、ハムセ、クルド、ルリ、バクチアリなどの部族がいます。20世紀以降、政府の定住化政策によって多くの遊牧民が定住しましたが、絨毯織りの伝統は今も受け継がれており、各部族ならではの個性が光るトライバルラグは、コレクターの間でも人気があります。

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各部族の特徴

以下に、イランの代表的な部族と、そのトライバルラグの特徴をまとめました。

  • カシュガイ族:イラン南西部に居住する遊牧民。ギャッベやメインラグを織ることで知られ、自由で、時に芸術品、絵画の様な織りが生まれます。
  • シャーサバン族:イラン北西部に居住する部族で、幾何学的なデザインと鮮やかな色彩が特徴の絨毯を織ります。
  • トルクメン族:中央アジアに起源を持つ遊牧民で、ギュルと呼ばれる独特の紋様を多用した絨毯が特徴。テッケ族、サリク族、エルサリ族など、様々な支族があり、それぞれ異なるギュルを使用します。
  • アフシャル族:イラン南東部に居住する部族で、幾何学模様と赤色の色調が特徴。
  • バクチアリ族:イラン西部に居住する部族で、緻密なデザインと自然をモチーフにした模様が特徴。カーペットには、木、花、動物などの自然要素が使用されます。トリックタイプのデザインが有名で、家や木をモチーフにした幾何学的なデザインを織り込みます。
  • ルリ族:イラン中西部に居住する部族で、ギャッベの発祥としても知られています。素朴でシンプルなデザインの絨毯を織ります。
  • ハムセ族:アラブ、バハルル、アイナル、ナファル、バセリ族からなる連合体で、部族ごとに異なるデザインの絨毯を織ります。

あらためてギャッベとは?

ギャッベは、カシュガイ族やルリ族によって織られる、普段使いの絨毯を指します。「毛足が長い」という意味で使われることもありますが、実際は「ゴミ」や「クズ」に近いニュアンスで用いられてきた呼称です。メインラグが「ハレ」の絨毯だとすると、ギャッベは「ケ」の絨毯であり、シンプルなデザインと手紡ぎの太めの糸での織りが特徴です。

ギャッベの特徴

  • シンプルなデザイン:幾何学的な文様や抽象的なモチーフが中心で、織り手の自由な発想で織られます。
  • 粗い織り:糸目が太く、手紡ぎの羊毛を使用しているため、素朴で温かみのある風合いがあります。
  • 天然染料: ギャッベの多くは、ローナス(茜)、ザクロ、ジャシール、クルミなどの天然染料で染められています。ファーハディアン社では、深い茜色と輝きのある黄金色が特徴です。ジャシールは上品な黄色を出し、他の染料を引き立てる名脇役になります。天然染料は、環境に優しく、深みのある色彩を生み出す一方で、染めるために手間がかかります
  • フリーダムの精神: カシュガイの女性たちは、デザイン画に縛られず、自由に織ることを楽しんでいます。彼女たちのアイデンティティが表現されたギャッベは、私たちの心に訴えかけます。
  • 手紡ぎの羊毛: ギャッベの糸は、手紡ぎの羊毛を油抜きしません。高度1600mの地で草木で染められ、高地の低い沸点により、長時間煮込んでも糸が傷みにくいという特徴があります。

ギャッベの歴史と現状

かつては価値を認められなかったギャッベですが、1960年代から70年代のトライバルラグブームに乗じて注目を浴びるようになりました。現代のギャッベは、伝統的なものとはデザインもサイズも異なり、現代人の趣向に合わせて変化しています。昔ながらのギャッベは「オールドギャッベ」、新しいスタイルで製作されたギャッベは「モダンギャッベ」や「コンテンポラリーギャッベ」とよばれ区別されることもあります。

なぜギャッベは人々を魅了するのか?

ギャッベの魅力は、その素朴で温かみのある風合いと、一枚一枚異なる個性的なデザイン

  • 手仕事の温もり:手織りのギャッベには 機械生産されたものにはない、織り手の想いや時間が込められます。その温もりは私たちの心を癒し安らぎを与えてくれます。
  • 唯一無二のデザイン: ギャッベのデザインは、織り手のインスピレーションによるので、同じものは二つとしてありません。その個性がたくさんの人々を魅了します。
  • 遊牧民の生活と文化: ギャッベは、遊牧民の生活と密接に結びついています。そのデザインや色使いには、彼らの自然への敬意や家族への愛情、自由を愛する心が表現されます。ギャッベを通して、私たちは彼らの文化や歴史に触れることができます。
  • 天然素材と手仕事による安心感: ギャッベに使われる素材は、天然の羊毛と草木染料が中心。化学物質を使わないので、小さなお子さまやペットがいる家庭でも安心して使えます。また天然素材の持つ温かみは、心身をリラックスさせます。

ギャッベの選び方と楽しみ方

ギャッベを選ぶ時、以下の点に注目してみましょう。

  • サイズ: 玄関、リビング、寝室など、使用する場所に合わせて適切なサイズを選ぶ。
  • デザイン: シンプルなものから、複雑な模様が描かれたものまで、様々なデザインがあります。自分の好みやインテリアに合わせて選ぶ。
  • : ギャッベの色は、天然染料によるものが多く、深みのある色合いが特徴です。お部屋の雰囲気に合わせて、好きな色を選ぶ。
  • 織りの細かさ: ギャッベの価格は、大きさはもちろん織りの細かさによってちがってきます。織りが細かいほど、手間がかかっているため価格も高くなります。

ギャッベは、敷物としてだけでなく、壁に飾ったり、アウトドアに活用したり、様々楽しむことができます。その独特の風合いは、お部屋の雰囲気を温かく、個性的に彩ります。

最後に

トライバルラグ、とりわけギャッベは、ただの敷物ではない。
遊牧民の暮らし、その息遣いまでも織り込んだ、ひとつの世界だ。

遠いイランの大地。
昼と夜の温度差が激しく、乾いた風が砂を巻き上げる。
そんな過酷な自然の中で、人々は羊を飼い、草を刈り、糸を紡ぎ、手を動かし続ける。

長い時間をかけて織られたギャッベには、家族の物語や、祈りが込められている。
無造作に見える模様の一つひとつに、意味がある。
羊や木、川の流れ。
それは生きることそのもの。

一枚のギャッベに手を触れてみる。
ぎゅっと詰まった毛足の弾力。
素朴で力強い色彩。
目を閉じれば、遠くで鳴る羊の鈴の音が聞こえてくるようだ。

足元に敷くだけでなく、心の奥に広がる風景として、ギャッベを迎え入れてみてほしい。
その温もりに、きっと心を奪われることに違いない。

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