ギャッベを深く知る
僕たちがギャッベに出会って、気づけばもう20年近くの時が流れた。その間、ギャッベを通じてたくさんの人たちと出会い、ときにはカシュガイの織り子さんたちとも言葉を交わしてきた。手織りの布に込められた物語、そこに宿る温もりに触れるたび、彼女らの暮らしの風景が目に浮かぶ。広大な草原を遊牧する彼女らの手から生まれるいちまいの絨毯が、遠い日本の家庭の床に敷かれる──そんな繋がりを、幾度となく見届けてきた。
そして、これまで2000人近くの方々が、僕たちの選んだギャッベを自分の暮らしに迎え入れてくれた。そのたびに、ギャッベが家の風景に馴染み、そこで生まれる物語を想像してきた。
そんな日々の中で聞きかじったこと、感じたことを、少しばかりここに綴ってみようと思う。長野県、特に長野市でギャッベを探している方へ、その深い歴史と美しい手仕事についてお伝えします。
ギャッベの歴史:起源、遊牧民との関わり・歴史的変遷
はじめに──ギャッベを知ること
ギャッベをじっと見つめていると、そこに物語が織り込まれていることに気づきます。毛足の柔らかさ、手紡ぎの羊毛の質感、草木染めの奥深い色合い──どれもが単なる敷物の枠を超え、遊牧民の暮らしや祈りのようなものを映し出しているようです。
ギャッベの世界に惹かれる人は多いでしょう。しかし、その魅力を真に味わうためには、その背景にある歴史や文化を知ることが大切です。
今日は、ギャッベの知られざる歴史、織りの技法、そしてその本質的な価値について、少し深く掘り下げてみましょう。
ギャッベの起源──遊牧民の暮らしとともに
イランの大地から生まれた手織りの芸術
ギャッベは、イラン南西部のザグロス山脈周辺に暮らす遊牧民によって生み出されました。特に、カシュガイ族やルリ族といった部族が、この伝統を受け継いできたといわれています。
彼らは、羊やヤギを飼育しながら、四季の移り変わりとともに移動を続ける遊牧生活を営んできました。広大な大地の中、家族と家畜とともに生きる。その暮らしの中で、ギャッベが生まれました。
「ギャッベ」の語源──価値の変遷
「ギャッベ」という言葉は、もともと「粗い」「使い古された」といった意味を持つそうです。最初は、日常の消耗品として扱われていました。
しかし、その手織りならではの味わい深さや、織り手の感性が映し出される独特のデザインが評価されるようになり、やがて「粗野な敷物」から「芸術品」へと昇華していきました。
母から娘へ──織り継がれる技と想い
ギャッベの織り方は、母から娘へと受け継がれてきました。織るという行為は、単なる手仕事ではありません。家族の幸福を願いながら糸を紡ぎ、色を選び、模様を織り込んでいきます。
嫁入り道具として持たされるギャッベ。その一枚には、母の愛情が込められているのでしょうね。
ギャッベの素材と技法──自然と手仕事の調和
羊毛──遊牧民の暮らしの恵み
ギャッベの主な素材は羊の毛です。春に刈り取られる羊毛は細く柔らかで、天然の油分を多く含むため、質が良いとされています。
モチーフの意味
この羊毛は手作業で紡がれ、草木染めによって多彩な色に染められます。
草木染め──大地の色を織り込む
ギャッベの魅力のひとつが、その素朴で美しい色彩でしょう。
茜(ローナス)で赤を、ザクロの皮で黄色を、ジャシールという植物で黄色に染め、インディゴを重ね緑に、クルミの殻で茶色を染め出します。すべてが自然の恵み。そのため、ギャッベの色は経年変化によって、ますます味わい深くなっていきます。
手織りの技法──即興で紡がれる世界
ギャッベは、水平型の織機を使って手織りされます。ペルシャ結びと呼ばれる技法が用いられることが多く、これによって毛足がしっかりと絡み合い、耐久性が高まるのです。
決まった図案があるわけではありません。織り手が即興で模様を織り込んでいくのが特徴です。その時々の風景や感情が反映されるため、同じデザインのギャッベは二つと存在しないのでしょう。
ギャッベに込められたモチーフの意味
生命の木──豊かさと繁栄の象徴
ギャッベにしばしば登場する「生命の木」のモチーフは、長寿や健康、家族の繁栄を願うシンボル。
動物たち──生活を支える仲間たち
羊、ヤギ、鳥などの動物が描かれることも多いですね。遊牧民にとって大切な財産であり、生活の糧となる存在。
家畜の多いギャッベほど「富」を象徴するとされています。
幾何学模様──伝統と即興の融合
規則的なパターンのようでいて、よく見るとどこか違う。遊牧民の織り手たちは、伝統的な幾何学模様を下敷きにしつつ、その時々のインスピレーションを織り込んでいきます。
だからこそ、ギャッベの模様には「鼓動」が感じられるのかもしれません。
おわりに──ギャッベが繋ぐ時間と空間
暮らしの中に、なにげなく、いつの間にか溶け込んでいくもの。
ギャッベも、そんなひとつです。
遠くイランの大地で織り上げられた一枚が、はるばる海を越え、日本の家々に。
足の裏で触れ、寝そべり、毎日の営みとともに時を重ねるうちに、じんわりと馴染んでいく。
使い込むほどに深まる風合い、美しい羊毛は、より柔らかく、艶やかに。
使いつづけるほどに増していく愛着。
何十年先も、変わることなく、ギャッベはそこにあります。
時間を織り込み、空間を染めながら語り続ける。
その声に、そっと耳を傾けてみてほしい。
長野でギャッベを探している方へ──
一生ものの絨毯、ギャッベ。
あなたの暮らしの一員に迎え入れてみてはいかがでしょうか。